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大津地方裁判所 昭和36年(ヨ)20号 決定

申請人 小田幸一

被申請人 浪川岩次郎 外四名

主文

申請人の申請はこれを却下する。

理由

申請代理人は「被申請人等は、申請人から株式会社近江兄弟社に対する株主総会決議取消訴訟の判決確定に至るまで、同会社の取締役の職務を執行してはならない。右職務執行停止期間中その職務を代行する者を選任する。」との仮処分命令を求め、その申請の理由として、

「申請人は申請外株式会社近江兄弟社の株主であるが、被申請人等はいずれも昭和三六年五月一七日開催の同会社第四二期定時株主総会において取締役に選任されたものである。

ところで右株主総会の決議は、次のような瑕疵があり取り消さるべきである。

第一、同会社の株主に対する右総会の招集通知には、単に「取締役(並に監査役)任期満了につき改選の件」と記載してあるのみで何名の取締役が任期満了により改選されるのであるかを明らかにしないまま、右総会において被申請人等外一名を取締役に選任する旨の決議をしたが、右招集通知は商法第二三二条第二項に定める有効な議事日程の記載があつたとはいえないので、右総会招集の手続は違法である。

第二、右決議に際し同会社の株式約一、三五九、〇〇〇株を有する株主近江兄弟社貯蓄組合がその議決権を行使しているが、右株式はいわゆる同会社の自己株式であるから商法第二四一条第二項により議決権がない。議決権を有しないものが加つてなした右決議は違法である。

第三、前記取締役選任決議にあたり、被申請人等はいずれも株主として議決権を行使しているが、被申請人等はいずれも右決議にあたり取締役の候補者となつていたものであるから、いわゆる特別利害関係人として議決権を行使し得ないにも拘らず議決権を行使したのは商法第二三九条第五項に違反するものである。

以上いずれの理由によつても被申請人等を取締役に選任した右決議は招集手続及び決議の方法が法令、定款に違反し取り消さるべきものである。

申請人は、当裁判所に右決議取消の訴を提起したが、この本案訴訟で勝訴の判決を得ても、その判決確定に至るまで被申請人等に取締役の職務を執らせるときは、同会社に対し回復することのできない損害を蒙らしめる虞がある。すなわち、同会社は財団法人近江兄弟社の営む宗教活動等を援助するため設立された沿革を有し、そのことは定款にも明記されているところであるが、被申請人等は米国メンソレターム会社ジヨージ・ハイド等と謀つて同会社を乗つ取り会社設立の目的を逸脱して、同人等一派で同会社の営業を私し、従業員を脅迫、強要し、株主総会においても横暴を極め、会社経営の明細を明らかにせず、昭和三六年一月二一日の増資にあたつては商法第四九一条違反(預合の罪)を犯し、前記貯蓄組合保有の株式を買い受けた取締役にその代金を貸付け同法第二六六条第一項第二号に該当する行為を敢てするなど会社の経営を危ふくしているし、このまま放置すれば、さらに計り知れない損害を生ぜしめ同会社を壊滅せしめる虞がある。よつて本申請に及ぶ」

と述べ、疎明として疎甲第一ないし第二六号証を提出した。当裁判所は職権により申請人本人を審尋した。

よつて考えるに、公文書であつて真正に成立したと認める疎甲第二五号証に申請人審尋の結果を合わせ考えると、申請人が申請外株式会社近江兄弟社の株主であること、昭和三六年五月一七日開催の同会社定時株主総会において、被申請人等及び申請外一柳米来留の六名が取締役に、被申請人浪川岩次郎、同吉田希夫、同田口敏三がいずれも代表取締役に各選任されたことが、一応認められる。申請人は右株主総会の招集方法、決議の方法に瑕疵があると主張するので順次検討することとする。

第一の主張について。

右総会の株主に対する招集通知には、単に「取締役(並に監査役)任期満了につき改選の件」と記載したのみで、何名の取締役が任期満了により改選されるのであるか明らかにしないまま、右総会において前記六名の取締役を選任する決議をしたことは、右疎明と、申請人尋問の結果その成立を認めうる疎甲第五号により一応認められる。商法第二三二条第二項は、株主に決議事項を予知させ、その決議権を行うにつき十分な準備をさせるため、総会の招集通知には「会議の目的たる事項」を記載することを必要としている。右にいう「会議の目的たる事項」は通常議事日程とか議案と呼ばれるものであつて、その通知には議題の内容を知り得る程度の標題的記載で足るものと解されている。しかし、二人以上の取締役選任の議案につきその員数の記載を要するかどうかは議論の存するところであるが、総会において株主に累積投票請求権の行使につき考慮の機会を与えるため、員数の通知を必要とするものと解するのが正当である。しかしながら、複数の取締役を選任するにあたり、総会の通知に員数の記載がない場合でも、通知とその附属書類からその員数が自ら推認されるときとか、通知と会社の定款、登記簿等を対比調査することによつて容易にその員数を推認しうるような場合には、員数の記載を欠く通知であつても必ずしも不適法ではないと解するところ、本件取締役選任の議案の通知には前記のように員数の記載を欠くけれども、取締役の任期満了による改選と記載されており、これと定款及び同会社登記簿を対比調査すれば、取締役の任期は就任後第二回の定時株主総会(年一回三月末日の決算期終了後六〇日以内に招集)終結の時をもつて終了すること、当時就任していた取締役はいずれも昭和三五年一月二〇日総会で選任されたもので、本件定時株主総会終了の時に全員任期が満了しその改選をするものであることは容易に知りうるところであり、定款の規定(疎甲第四号証)上少くとも三名以上の取締役を選任すべき場合であることは明らかであるから、本件議案の通知に員数の記載を欠いても違法な点は存しないといわなければならない。

第二の主張について。

申請人審尋の結果により成立を認め得る疎甲第二六号証に申請人審尋の結果を合わせ考えると、近江兄弟社貯蓄組合が申請人主張のように同会社の株式を有していることは一応認められるが、同組合の有する株式は主として組合員が所有する株式を同組合に譲渡したもののほか、組合員が毎月給料の一部を積立ててこれを同会社に預け(組合の会社に対する貸金というかたちで処理)ておき、増資にさいし、同会社において右金員を同組合の株式払込金に充当することによつて組合が前記株式を保有するに至つたものであることがうかがわれるのであつて、申請人の全立証によつても右株式がいわゆる自己株式として同会社の計算において取得されたものであることは認められないから、爾余の判断をなすまでもなく申請人の右主張は失当である。

第三の主張について。

取締役の選任決議の場合における株主たる候補者は、それが事実上の候補者であるときも、また議案で候補者として指定されその選任が決議事項とされているときにおいても、その者は特別の利害関係人とはならないと解する。けだし商法第二三九条第五項にいう特別の利害関係人というのは、決議事項につき株主たる地位と関係のない純個人的利害関係を有する者と解すべきところ、株主が出資者として会社の経営に関し相応の発言権を有するのは当然であり、取締役の選任決議にさいしその候補者とされた者が株主としてその議決権を行使するのは、単なる個人的利益ではなくして株主たる地位にもとずく共通の利害問題に関する本質的権利の行使と解すべきであつて、前記法条にいう特別利害関係人に当らない。

以上のとおり、申請人が本件株主総会決議取消の事由たる瑕疵として主張するところは、いずれも主張自体理由がないか又は疎明がないことに帰し、本件仮処分申請はその余の点につき判断するまでもなく失当たるを免れない。

仮に申請人の第一の主張につき、取締役選任の議案の通知には必ず員数を明記すべきものであるとする立場を是認し、本件取締役選任の議案の通知にその員数の記載のない点で瑕疵が存するものとしても、商法第二七〇条の仮処分は、本案の確定に至るまで、当該取締役をして職務の執行を継続させると、その職務の執行が適正を欠き会社に甚大な損害を蒙らしめる虞れが明らかな場合であることを要するところ、申請人の全疎明をもつてしても、いまだ被申請人等の職務の執行を停止して、その代行者を選任しなければならない必要性は認められない。

よつて、本件申請は結局理由がないことに帰するから主文のとおり決定する。

(裁判官 三上修 首藤武兵 吉川正昭)

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